推し変したら世界が変わった

DDわかはいおたく

散文

いつからか、推しへの気持ちが本当に一方通行になってしまって

(おたくの愛など常に一方通行であることなんてとっくに分かりきっていることなのだが)

暖簾に腕押し感が否めなくなってしまっている。

「推す」ということは、幸せだけど辛い。この横線一本の違いはどこから来るのだろうか。お金を払っているのに、辛い想いをすることがある。楽しいのは最初だけ。

 

推しの人気がなかなか計れなくて、それもしんどい。

フォロワーがもうすぐ6万人を突破する。

5万を超えたのはたしか去年の秋とかだった気がするから、とっくに刀の本公演など終わっていて、じゃあこの人たちはどこから来たのだろう……と考えてしまう。

そりゃまあ、わたしだって別に推しでもない俳優をツイートが好みだからとか、ちょっと顔が好みだからという理由でフォローくらいする。

でもなかなかリプまではしない。

先日のクランクインを報告するツイートにリプが100件ついた。

100件って。

普段から40とか50とかは、まあ普通につく。

彼にとっては普通だけど、それくらいリプがつく2.5俳優がこの世に何人いるだろう?

(ちなみにわたしの元推しざいちゃんには100以上のリプがつくことも日常であった。すごい!!!さすがイケメン!!推してなくてよかった!!)

 

刀の中では人気な方ではなかった。

阿津賀志山では、むしろトレーディングはすぐに集まった。

ペンライトも目立たなかった。だからほぼ毎公演、どこに入っていてもファンサがもらえた。

 

若様組はまだ手強い連中がたくさんいた。(あの舞台が全く埋まらなかったことを考えると、若手俳優わらわら舞台における原作の影響力はかなりのものであると実感する。)

 

つむかもは青木松田鈴木の人気がずばぬけていて全然気にならなかったし、その3人のおたくがなにもしなくてもトレーディングを死ぬほどくれたのでよくレートがわからなかった。

 

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日記はここで終わっている。

下書きに入っていた、公開するつもりのなかった記事。

6/24のわたし。この時点では、降りるとは思ってないものの、内心こう考えていたらしい。

このまま推してても辛いだけだったね。このころ、たしかぷらいべったーに彼のことを書こうとして、いろいろ思い出して泣いてたころだな。

こんなに辛い思いしてお金使って、何が楽しかったのだろう。謎である。

でも、間違いなく彼のことが大好きだった。好きでいさせてくれなかった彼のことが嫌いになりました。

付き合いで手元に残しておいたイベントのチケットも譲ることにした。もう会えない。顔を見られない。

わたしの気持ちは7/17で止まったまま、前に進まない。惰性で今の推し推していたけど、現場を通じてちゃんと推しになった。

最高の夏を経て、わたしの1年8ヶ月は幕を閉じた。